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洪世和(1997)『コレアン・ドライバーはパリで眠らない』みすず書房

  • anc05825
  • 2018年3月18日
  • 読了時間: 3分

洪世和は現在、韓国の政治家・社会運動家だが、1970年代末からパリでの亡命生活を送った人だ。韓国から亡命?とも思ったけれど、それはわたしが隣国の歴史を知らないからで、1979年の「南民戦」事件という朴政権時代の「国家体制の転覆」をめざしたとされる人々が検挙された事件の関係者として、滞在先のパリに家族ともども亡命せざるを得なかったのだ。ああ、KCIAとかあったなあと思い出すばかりである。

著者のソウル大学時代の話、パリの、多くが移民たちによるタクシー運転手の話、著者の「恋愛」のこと、大岡忠相のミカンの話、「もうひとつの社会」の話、タクシーに乗せた韓国人ビジネスマンの会話など、おもしろかったのだが、ここでは特に、「トレランス」と、フランスの教育の、ふたつのことを書いておこう。

著者がパリでタクシー運転手になる前のこと、会社でフランス人と口論するのだ。フランス人営業マンがあまりにもあつかましく自分の利益を追求するので、著者は爆発し、「もう二度とこんな小ずるいネズミ野郎とは口を利かない!」と決心するのだが、翌日、そのフランス人はあまりにもあっけらかんと笑顔で話しかけてきたという。著者はゆがんだ笑顔しか返せなかったが、ここには「トレランス」の違いがあるのではないかという。トレランスのある社会、すなわち説得のある社会、ことばを尽くして自分の主張を展開し相手と対峙するということだ。フランス人営業マンが自分の権利を主張したのに対し、著者はフランス人営業マンの主張に反論したのではなく、彼自身を「憎んだ」のだという。こうした、自身を客観視するインテリらしい視線が、わたし自身はとても好きだなと思った。そして、「フランスでは、主張と主張が争い、思想と思想が論争するが、韓国では人と人が争い、互いに憎しみ合う」という事実があるとする。そんなに単純ではないのではないかとも思うのだが、わが身に引き付けて、「わたし個人に関しては」それはもしかしたら当たっているのかもしれないとも考えた。「西洋と東洋」を分けるのなら。

フランスは、「説得する社会」、とことんまで「議論」する社会だという。車の接触事故でも、人身事故でなければ警察を呼ばないで自分たちで議論して解決するというから、それも驚く。

もうひとつは、フランスの教育について。著者の二人の子どもたちスヒョンとヨンビンは、フランスで教育を受ける。週に一度は韓国人学校でハングルを習ったが、「パピラム」(風をともなう雨)の意味はすぐに理解できても、「ヌンボラ」(吹雪)は理解できなかっただろうという。パリには吹雪がほとんどないのだから。しかし、今、彼らが韓国に帰ったとしても、この子たちを教えることのできる先生はいないだろうと、著者はいう。 「物事に対する批判的な目を養う教育に慣れたお前たちが、体制に無条件で順応する人間形成を目的にした教育を、どうして受け入れることができようか。毎週月曜日に行われる朝礼、終礼、定例行事など、日本帝国主義時代の遺物を、どうして受け入れることができようか」(256)。そして、フランスで国際児童絵画大会があった折、会場にはモデルとなる「モノ」があると思った韓国人児童は、ただドビュッシーの音楽だけが流れる会場に動転し泣きだしてしまった話。また、フランスの韓国人留学生に落第点を出したフランス人教授の「君が書いたのはわたしの主張であって、君自身の主張を展開したのではない。わたしが要求したのは、君の主張だった」ということば。

そして著者は、「アジアの教育」を憂うのだ。

 
 
 

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